ラグビー稲垣笑わない男の笑えない過去とは!?代表になるまでの知られざる苦悩。

2019年のラグビーW杯日本大会にて大活躍をしたラグビー日本代表。

選手の中でも多くのメディアに取り上げられて話題となったのが

「笑わない男」稲垣 啓太 選手。

そんな稲垣選手の笑わないのにはある理由が!?

実はあまり知られていない、笑えない過去など

稲垣選手のラグビー遍歴を紹介したいと思います。

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ラグビー稲垣の波乱万丈な大学時代

2019年のラグビーW杯からメディア露出も増えて、

今や一流アスリートの仲間入りを果たした稲垣選手ですが、

順調そうに見える競技生活の裏に

実は大学時代の一度大きな挫折がありました。

 

あまりメディアでは取り上げられることのない、

波乱万丈な大学時代を今回は紹介します。

鳴り物入りの1年生

稲垣選手は大学入学前(18歳の時)に飛び級

20歳以下の日本代表に選出されており、

1年生の入部日には世界大会のため、欠席していたそうです。

 

入学前から存在感のある選手であった事がわかりますね。

 

その後、関東学院大学でも1年時からレギュラーを獲得し、大活躍をします。

名門の復活の立役者に

実は関東学院大学は2006年に決勝に進出してから低迷期を迎えていました。

しかし、大学3年時に全国大会で名門の早稲田大学に準々決勝で勝利して、

名門復活とメディアにも取り挙げられていました。

 

実はその試合でも活躍したのが3年生の稲垣選手でした。

挫折を味わった4年生

大学3年時に全国大会でベスト4を達成し、満を辞してキャプテンに

就任したのですが、ここでまさかの所属リーグで最下位となり、

2部との入れ替え戦でも敗北。

関東学院大学が31年ぶりに2部落ちとなったのです。

 

その年、稲垣選手はキャプテンの重圧と責任感から、

リーグ戦途中に敗戦のストレスで肺炎となっていまい、

一時期ラグビーがプレーができなかったそうです。

 

意外に知られていない大学時代ですが、実は誰よりも苦労しているのがよくわかります。

また「笑わない男」として有名になりましたが、

実は誰も経験した事がない困難にあったからこそ、

笑わないのは覚悟の現れかもしれませんね。

 

当時のことを稲垣選手本人も

「良い経験だった」と振り返っています。

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ラグビー稲垣 挫折の経験を乗り越え大飛躍

壮絶な大学生活を過ごした稲垣選手ですが、

翌年、パナソニックワイルドナイツに入社し、プロラグビーをスタートさせます。

 

稲垣選手はプロになり大学時代の鬱憤をはらすかのような大活躍をします。

なんとルーキーイヤーに即レギュラーを獲得。

 

パナソニックといえばラグビーの強豪であり、

毎年決勝に進出しているチームですので、そこのチームで即レギュラーに

なるだけでも本当に凄いことですね。

 

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ラグビー稲垣 記録づくめで日本代表へ

プロ生活をスタートダッシュで開始すると、

2014年に日本代表に初選出。

翌年の2015年W杯に出場。

2019年のW杯に2大会連続出場。

 

そしてリーグ戦でもルーキーイヤーから6年続けて

ベスト15に選出されています。

なんと、6年連続は稲垣選手だけだそうです。

 

タフな精神力と体力だないと達成できない記録ですね。

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まとめ

昨年の活躍で一躍有名になった稲垣選手ですが、

実は大学時代にキャプテンとして大きな挫折をしていました。

 

しかし、その経験をバネにして大活躍されているのはさすがの精神力です。

 

現在はコロナの影響でラグビーの試合がストップしていますが、

再開されれば、グランドで活躍する稲垣選手をまた見たいですね!!

そして笑顔も見れたらラッキーですね。笑

 

以上、意外と知られていない稲垣選手の壮絶な過去でした。

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